「本当に貯蓄や年金だけで日本で暮らしていけるのだろうか」
近年、円安や物価上昇を背景に、海外移住を検討するシニア層が増えている。外務省の海外在留邦人数調査統計によると、2024年10月1日現在で永住者は約58万となり、過去最高を記録した。
YouTubeチャンネル「定年男子」を運営しているのりさん(60歳)とゆりさん(58歳)も、定年退職後の海外移住を検討していた夫婦の一組だ。のりさんは、昨年5月末に定年退職し、再雇用を選択しなかった。ゆりさんも来年に定年退職を控えており、再雇用は考えていない。2024年には「もし移住するなら」という生活目線で海外移住候補地探しの旅を実施し、タイの第二都市「チェンマイ」を訪れた。
チェンマイに訪れたのは2度目で、実際に“暮らすように旅する”スタイルで5泊6日の旅を行った定年男子夫婦。今回のインタビューでは、海外移住を検討したきっかけや、移住候補地にチェンマイを選んだ理由、物価や金銭面で感じたことなどを伺った。
移住候補地にチェンマイを選んだ理由

−−定年退職後、海外移住を検討されたきっかけは何だったのでしょうか
そもそも海外移住を考え始めたのは、国内の貯蓄や年金でも安く豊かに暮らせる国があるんじゃないかという発想からでした。情報を色々探すうちに「タイ(チェンマイ)」や「ベトナム(ハノイ)」などの候補が出たんです。
例えば、実際に訪れた「チェンマイ」の物価は、ローカルフードなら1食あたり1人200~250円程度で済むので、日本の3分の1か4分の1ぐらいの体感です。スーパーで売っている現地産の食材も安いです。
物価が安い国という点で、マレーシアやインドネシア、フィリピンなども考えました。治安や成長の安定度をざっと見たときに、ベトナムとタイが良さそうだと思って。その中でもチェンマイは“都会すぎない”雰囲気が自分たちに合うかも、と感じたんです。
−−タイならバンコクという選択肢も検討されましたか?
もちろん検討しましたが、自分たちにはチェンマイの方が合うと感じました。バンコクはタイの東京というか、大都会ですよね。物価も高そうですし、私たちは都会ぎらいっていうか。
チェンマイは程よい規模で、欲しいものが割と近くで見つかる“スモールシティ”感があるんです。バンコクに行ったことはないんですが、事前情報だけでも大都会は自分たちには合わないなと思いました。
チェンマイに移住するための「お金事情」

−−定年退職後、もしチェンマイに移住するとしたらどのビザを取得しようと考えられていましたか?
私は、リタイアメントビザを考えていました。まずは旅行で短期間暮らしてみて、次にリタイアメントビザで数ヶ月~1年ほど暮らしてみようかなと。そこで、本当に自分たちが住むことが心地いいのであれば、ロングステイビザを取得しようと考えました。
【参考】シニア移住向けタイ主要ビザ(2025年4月現在, マネーの達人シニア編集部作成)
ビザ | 滞在期間・更新 | 年齢/資産・収入要件 | 保険要件 | 初期費用(目安) | メリット/留意点 |
---|---|---|---|---|---|
リタイアメントビザ/ノンイミグラントO(90日→年次延長) | 90日入国後、1年ごと延長 | 50歳以上/銀行残高80万THB or 月収6.5万THB | 不要 | 2,000THB(シングル)or 5,000THB(マルチプル)+延長1,900THB/年 | 出国せずに国内で延長可。最もコストが低いが、最初の90日間で手続きを完了する必要あり |
ロングステイビザ/ノンイミグラントO‑A(1年) | 1年ごと更新 | 50歳以上/同上資産要件 | 医療保険300万THB以上(COVID含む) | 5,000THB | 在日大使館で取得してから渡航。90日報告要 |
ロングステイビザ10年/ノンイミグラントO‑X(10年) | 初回5年、条件維持でさらに5年 | 50歳以上/①預金3百万THB または ②預金1.8百万+年収1.2百万THB | 医療保険:入院40万/外来4万THB以上 | 10,000THB | 10年まで一括管理できるが資産ハードルが高い |
LTRビザ | 10年(5+5年) | 50歳以上/年収8万USD以上(または年収4万USD+25万USD投資) | 保険5万USD以上 or 社保/10万USD預金 | 50,000THB/10年 | 労働許可をデジタルで発行可・90日報告免除など優遇多 |
タイ移住ビザ/ThailandPrivilege | 5・10・15年(20年招待制) | 年齢制限・資産証明なし | 任意(推奨) | Bronze 650k / Gold 900k / Platinum 1.5M / Diamond 2.5M THBなど | 手数料のみで長期滞在可、空港VIPサービス付き |
※詳細な情報・最新情報はタイ王国大阪総領事館公式HPをご覧ください。
−−5泊6日、夫婦2人でどれくらいの出費でしたか?
ホテルは1泊5,000円ほど×5泊なので2万5,000円。食費・移動などを1日5,000円以下で収めていて、合計で5万円ぐらいですね。渡航費(航空券)が4~5万円なので、全部合わせて10万円前後かと思います。
もし移住を考えるとしても、月20万円あればある程度豊かな暮らしはできるのではないかと思いました。

−−チェンマイで“意外と高い”と感じた物はありましたか
日本で普段食べているような豆腐や味噌などの輸入品は値段が高めで、日本の物価と変わらない感覚でした。一方で、生活用品は大抵揃うと思います。日本企業の進出もあって、大きいショッピングモールに行けば安い価格で日本と同じような商品を買えます。
ただ、すぐ近所でパッと買えるかは別問題で、特定のお店に行かなきゃ入手できない場合もあります。食品では国が違うので、タイで栽培されていない野菜や果物は輸入扱いで割高になりますね。逆に南国フルーツや現地のローカルフードはものすごく安い、という感じです。
−−動画を拝見しているとソンテウやグラブタクシー、シェアサイクルを活用されていました。使い勝手はいかがでしたか。移住者目線で安心して使えそうでしょうか?
いちばん便利なのはグラブタクシーですね。スマホで行き先を指定すれば、言葉の問題がほぼないですし、料金も日本のタクシーに比べて3分の1~4分の1ぐらいの料金です。
ソンテウは乗り合いトラックみたいなもので、どこでも手を挙げれば停まってくれるし、オールドシティの周辺なら30バーツ(日本円で約130円)で行けます。慣れればすごく安い移動手段になります。
シェアサイクルは1日100円台から借りられますが、アプリ登録時に現地の電話番号が必要で、データ専用SIMしかないと認証コードを受け取れません。そこが注意点ですね。
チェンマイ移住の「良い部分」と「不安な部分」

−−チェンマイを“暮らす町”として見た場合、日本と比べて「良い部分」と「不安な部分」を教えてください
街の雰囲気がのんびりしていて、みんな笑顔で接してくれるので居心地が良いです。いわゆる“ガツガツした感じ”が少ない。以前に訪れたベトナムのハノイはエネルギッシュで抜け目なく「稼ごう」というムードを感じたので、自分にはチェンマイが合ってるかなと。
ただインフラは遅れている部分があって、歩道がでこぼこで信号が少ないとか、公衆トイレが少なくて汚かったり。衛生面は日本ほどきちんとしていません。医療面やビザの問題もあるので、長期滞在ではいろいろハードルは感じましたね。
最終的にチェンマイ移住は“見送り”に。その理由は?

−−最終的にチェンマイ移住はする予定でしょうか。それとも見送られるのでしょうか
今は“移住は見送り”と結論づけました。最も大きな理由は家や車など日本にある生活基盤をどう処分するかの問題。手間も費用もかかるし、向こうに拠点を作るにもお金が必要です。
日本では「老後生活するためには、年金だけでは2000万円不足する」という指摘もありますよね。チェンマイは物価が日本の半分だから、約1,000万円あれば生活できそうに感じますが、そう単純ではないことがわかりました。
例えば、いま私は日本で家や車を持っていますが、チェンマイに移住するためにはそれらの資産を処分して、移住先で再構築しなければいけません。その費用や手間を考えると「あれ、移住しない方がよかったのでは」となりかねないと思ったんです。
また、今回旅行してみて、日本という国が治安や医療、インフラ面で非常に快適だと改めて感じました。移住してしまうと『やっぱり日本の便利さが恋しい』ということになりかねないなあと。
もちろん、医療面ではタイの病院自体は悪くないかもしれませんが、健康保険をどうするか問題が出ます。向こうで起きた治療をいったん自費払いして帰国後に清算、みたいに手間もかかる場合もあります。
ただし、もし日本の物価の上昇や円安が急加速して年金だけじゃ暮らせないレベルになったら、もう一度考えるかもしれません。
−−今後、物価高で海外移住を検討する人に向けて、アドバイスがあればお願いします
まずはショートステイしてみるのがいちばんかなと感じました。1週間の観光では分からないことが1か月過ごせば見えてきますから。
日本の家や車をどうするか。その維持費を払いながら海外の住居費も払うとなると、移住のメリットが吹き飛ぶケースが多いと思います。自分たちも2拠点生活にはお金がかかりすぎるので、今は『完全移住』はやめようと判断しました。
一方で、海外移住に向いているのは「賃貸で暮らしていく生活スタイル」を選択している方だと感じます。例えば、都会に住んでいて、車を持たず、公共交通機関を利用している賃貸暮らしの方ですね。そのような方は、比較的移住地を変えやすいのではないかと感じました。
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